学生時代の挑戦 今に生きる
FECは2025年8月26日、2013年から19年までの7年間にFECと学生団体「GNLF」を中心に実施された「FEC×GNLF合同イベント」の初期メンバーを招き、座談会を開催した。出席者は向山直佑氏(東京大学准教授)、安東慶太氏(立教大学助教)、市原拓也氏(株式会社ジャムコ執行役員付部長)、片岸雅啓氏(経済産業省秘書課課長補佐)の4名。司会はFEC専務理事の小方俊也が務めた。

GNLFの創設の目的、主な活動
司会(小方専務理事) 本日はお集まりいただきありがとうございます。皆さんが学生時代に参画したインターカレッジの交際交流団体Global Next Leaders Forum(GNLF)では、年に一度、日本と海外の次世代のリーダーたらんとする大学生が一堂に会する「本会議」を開催してきましたが、その活動についてお話を聞かせてください。
向山直佑氏 GNLFは設立当初から他の学生団体との差別化を強く意識していました。当時、欧米や中国などとの交流を行う団体は多くありましたが、GNLFはチュニジア、エジプト、ブルガリア、ブラジル、インドなど新しい地域との交流構築に力を注いでいました。私が参加を決めたのも、そのユニークな視点に惹かれたからです。活動は刺激的でしたが、理想だけでは越えられない現実にも直面しました。2012年のチュニジア会議では、現地学生とのコミュニケーションがうまくいかず準備が難航し、資金も確保できないなど多くの課題に直面。理念だけでは物事は動かず、日本の常識が通じない現実を痛感しました。また、参加費を取らず協賛金で運営する方針だったため、資金集めの難しさも学びました。
司会 コーディネーターを介さず現地と直接やり取りしていたのはすごいですね。
向山 当時は現地の大学教授に直接メールを送っていました。今思えば、いきなりの連絡は怪しかったでしょうね(笑)。
司会 資金調達まで行っていたのは立派です。
安東慶太氏 私は渉外を担当し、対象国を戦略的に選び、大使館や大学などどのルートで接触するかを考えました。大変でしたが、その中で協賛してくださる企業にも出会いました。
司会 協賛企業は先輩などの伝手を頼ったのですか?
安東 ほとんど飛び込みで、反応のない企業も多かった一方、商社など私どもの活動に賛同してくれる企業とも繋がることができました。
向山 国際交流基金の支援を得られたことが大きかったですね。最近、当時の担当者と再会し懐かしく思いました。個人にも協賛をお願いしており、学生ながら厚かましかったですが、若さゆえの挑戦でした。
司会 そうした学生時代の経験の有無は社会に出てからも大きな財産となりますね。
市原拓也氏 私も協賛依頼を担当し、「誰が関心を持つか」を常に考えていました。英語教育企業や商社、コンサルなどに「報告会に参加すればメリットがある」と説明していました。私の年はブルガリア開催で、JICA施設を活用しながら現地でも1週間のプログラムを準備。現地学生や教授の協力で、学生募集や学校関係者の巻き込みも実現できました。
片岸雅啓氏 私の時はブルガリアと広島で本会議を開催しました。戦後70年という節目の年に広島開催を実現し、今年(2025年)の戦後80年を迎えるにあたり、当時を思い出します。印象的だったのは、国によって「平和」への認識がまったく異なることでした。後にウクライナ戦争が起きたことであの時に感じた違いの意味をより深く理解するようになりました。今も当時の参加者がSNSでウクライナやガザの話題を発信しており、あの会議を開催して良かったと心から思います。
FECとのイベントのきっかけと意義
松沢聡FEC常務理事 GNLFの皆さんとイベントを共催するきっかけは、チュニジア大使館で向山さんと出会い我々が皆さんの方向性に共感したことでした。学生が参加しやすいよう土曜に開催し、後日FECで打ち合わせを行い、会議はJICAを利用するなどの工夫をしました。学生が参加しやすいよう土曜日にJICAで開催しました。講師のアレンジをFECが行い運営は学生主体で進めることになりました。
市原 初年度は「日本を考えるシリーズ」をテーマに掲げ、毎回領域ごとに内容を設定しました。
司会 「本会議」でお忙しい中、FECとのイベントを一緒にやってくださったことを嬉しく思います。日中学生会議や京論壇、MPJ Youthなど他団体も巻き込んでいただけたことでイベントの広がりができました。最近MPJ Youthの学生がFECのイベントに参加し懐かしく感じました。
向山 今振り返ると、FECが学生の無理な要望を寛大に受け入れてくださっていたと感じます。当時はFEC側のご負担やメリットまで考える余裕がありませんでしたが、改めて感謝しています。特に「講師と直接議論したい」との要望に対し、松澤理事長が「学生が議論を求めるのは当然」と言ってくださったことが強く印象に残っています。
司会 学生が議論を求める姿勢は志の高さの表れです。年齢を重ねると考えが固定化しがちですが、皆さんとの交流は私たちにとっても大きな刺激になります。

FECイベントがその後に与えた影響
司会 学生時代のFECイベントが、その後の仕事や人生にどのような影響を与えましたか。
市原 イベントは私にとって転機でした。理系の私にとって社会的テーマに触れる機会は少なく、エネルギー問題に関心を持ったのがきっかけで、研究室での活動やUNIDOでのインターン、さらに就職後のエネルギー関連プロジェクトへとつながりました。多様なテーマに触れ、自分の興味の方向性を見出せ貴重な経験でした。
安東 FECの特徴は、他の学生団体や第一線の方々と交流できることです。同じテーマでも多様な考えがあり、それを受け止める大切さを学びました。社会に出てからも、多角的な視点で議論する重要性を強く感じています。FECを通じて視野を広げられたことは、今の自分に確実に生きています。
司会 今、安東さんのご専門は?
安東 日本の歴史社会学を専門にしており、歴史認識や政治思想を研究しています。FECでの経験は研究の視点を養う上でも大きな影響を与えています。
司会 向山さんのご専門は?
向山 政治学・国際関係論の研究をしています。特に植民地からの独立過程で石油が果たした役割をテーマとしています。GNLFでの活動と今の研究は重なりあう部分も多く、当時交流してきた国々が今では「グローバルサウス」として注目されており、当時の経験が研究やイベント運営にも大いに役立っています。
さまざまな交流 視野が広がった
社会に出て気づいた日本と世界の〝リアル〟
司会 大変興味深い研究ですね。いずれFECで向山さんに講演していただければ嬉しいです。GNLFの活動を通じ、学生時代と今で何が変わりましたか。
向山 チュニジアでの交流や留学を通じて感じたのは、「自分たちの常識は通用しない」という現実です。文化や価値観の違いから理解し合えないことも多く、現実的な距離感の重要性を学びました。一方、オックスフォード留学では多くの留学生が似たような社会経済的バックグラウンドを共有しており、価値観の差は意外に小さいと感じました。将来リーダーとなる層は国境を越えて似た感覚を共有している一方、それ以外の層とのギャップは顕著でした。

司会 欧米での価値観共有が社会全体に通じない〝ズレ〟を感じたことは?
安東 あります。海外の人と話す中で国の違いはありますが、同じ職業・立場なら考え方は近い。国籍よりも職業やコミュニティが影響する面が大きく、「差異」そのものの捉え方が変化してきたと感じます。
司会 市原さん、コンサル業界では国を越えて共通言語で議論できますが、文化の違いは?
市原 多く感じました。インド・バンガロールに駐在し、現地10人ほどのチームと働きました。家族ぐるみの合宿のような社内行事があったり、決定事項が覆ったりと文化や価値観の違いを感じました。議論の進め方や人間関係の作り方など、日本との違いを肌で感じました。
司会 安東さんもコンサルティング業界にいらっしゃいましたね。
安東 主に国内勤務でしたが、海外クライアントとの短期プロジェクトでは大きな差は感じませんでした。ただ関係が深まるほど、個々の文化的背景が仕事の進め方に影響していると気づきました。外資系という環境の特性も大きいと思います。
司会 片岸さんは現在、経産省で人事をご担当されていますが、以前はどんなお仕事を?
片岸 以前はエネルギー・環境分野の政策に携わっていました。国際交渉の場に立つことはまだありませんが、「国際益」と「国益」のどちらを優先するかという局面では、やはり国益を選ばざるを得ません。ただ、他国の立場や背景を理解しなければ真の交渉や協調はできません。一つの動きの裏には歴史的経緯や政治的文脈があり、政府・産業界・省庁など立場によって考えが異なります。その差異をどう橋渡しするか、常に頭を使う仕事でした。
司会 社会人として経験を積んだ今、当時のFECフォーラムを振り返って感じ方に変化はありますか?
片岸 ブルガリアを訪れた際、「GDPが青森県と同程度」と知り、この規模で国家がどう成り立っているのか強い関心を持ちました。その問いは今も残り、国の持続性を考えるきっかけになりました。今振り返ってみると当時より視野が広がったと感じます。仕事では全体を俯瞰する「マクロ」と個別の課題を見る「ミクロ」の両方が求められます。FECフォーラムを通じて、その両面の視点を鍛えられたと思います。
安東 GNLFでは各国の学生同士の交流を通じ、学生という軸の視点が中心でしたが、FECでは実社会の第一線で活躍する方々の話を伺い、「視点がストレッチされる」感覚がありました。今では会社や役職という立場を意識する機会も増え、当時の経験が確実に生きています。
向山 当時は「日本をどうするべきか」と強く意識していましたが、今は国という単位から少し距離を置いています。実体のない〝国〟という概念が「日本人としてどうするか」という意識を生む。この〝国の存在感〟自体に学問的関心を持つようになりました。改めて振り返ると、あの頃の自分が「日本の未来」を真剣に考えていたことが今は新鮮に感じます。
市原 海外は想像以上に身近で影響力が大きいと感じます。ロシア・ウクライナ戦争も当初は遠い出来事のように思いましたが、天然ガス輸入や半導体生産への影響を通じて、日本の生活とも密接につながっていることを実感しました。ブルガリア本会議で議論した「経済格差」も、今ではフィリピンの工場労働者が東欧へ移住するなど、現実の課題として目の前に現れています。
司会 当時、日本は「失われた10年」が「20年」に延び、少子化や国力低下への懸念が強まっていました。現在は「失われた30年」とも言われ、外国人受け入れなどの課題も顕在化しています。そうした視点で、今後の日本をどう見ていますか?
片岸 日本は自動車や産業機械で約28兆円を稼ぐ一方、ほぼ同額を化石燃料の輸入に充てています。このアンバランスさに危機感を覚えています。国際情勢が激動化する中で、日本として「どう稼ぐか」「稼ぎ方をどうデザインし、システム化するか」を真剣に考える必要があります。産業構造の再設計こそが喫緊の課題です。
司会 エネルギー分野では、どのあたりに可能性を感じますか?
片岸 再生可能エネルギーは注目されていますが、日本は国土が狭く可住面積も限られています。したがって、現実的には原子力を理解を得ながら一定程度活用せざるを得ないと考えています。
司会 「衰退していく先進国」と語られがちな日本ですが、「新たに創り、再び発展する」という発想も重要ですね。
向山 人口減少、エネルギー、気候変動はいずれも長期的課題で、今からの対策では遅い面もあります。若い世代には将来を悲観的に見る人が多く、それは「失われた30年」を生きてきた世代特有の感覚かもしれません。短期的には外国人労働者の受け入れが必要であり、気候変動対策には革新的技術への投資が欠かせません。対応ができなければ、ある程度の経済成長を諦め、「脱成長」という選択肢も考える必要があるでしょう。学問的に見れば、過去200年の成長こそ例外であり、今後は人口減少が世界的潮流になる可能性もあります。
片岸 私はあまり悲観的に物事を見ていません。人口減少は避けられませんが、大切なのは「数」ではなく「中身」や「質」です。気候変動や人口問題はすぐに解決できませんが、現実を受け止め、どうアプローチし続けるかを考え続けることが重要だと感じています。
向山 私も一定の楽観主義を持っています。歴史的にも、大きな危機感が社会を変えるブレイクスルーを生んできました。気候変動についても、今はまだ本当の意味で〝追い込まれていない〟段階であり、これからが正念場だと思います。
市原 片岸さんの「日本は産業構造の再設計が必要」という指摘は的を射ています。高度成長期からバブル期にかけて、購買力のある国民を背景に多くの企業が成立していたのは、当時の〝余裕〟の象徴でした。今後は統廃合が進み、より効率的な産業構造へ再編されていくでしょう。インフラや街の美しさもその時代の遺産です。漫画やアニメなど、当時育まれた文化産業には今も大きな可能性があり、そこにリソースを注ぐことで再び発展できるのではないかと感じます。
安東 私もそれほど悲観していません。研究者として一歩引いて見ると、「失われた30年」という価値観自体がどこから生まれたのかを考えます。経済成長を基準とした比較が本当に全員に共有されていたのか疑問です。この言葉が説得力を持ち続ける社会状況がある一方で、その背景にある価値観の形成過程にも目を向ける必要があります。主観的な幸福感の観点から見れば、価値観の相対化はむしろ重要であり、それを可能にする柔軟さこそ先進国の在り方の一つだと思います。歴史的背景から多角的にこうした視点を探ることに、私は面白さを感じます。
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好奇心持って 全力でチャレンジを
次の10年に向けて、何を考えていく?
司会 これからの10年をどのように描いていますか?
向山 研究者として今後も研究を続けるつもりですが、10年後どこにいるかは分かりません。これまでの10年は訓練と研究に集中してきましたが、今後は社会の側から「研究の知見を生かしてほしい」という声もあり、社会とつながる仕事にも関わっていきたいです。母校に戻り、学生やGNLFのような団体とも関わる機会が増えました。教育を通じて次世代の育成に関わっていきたいと考えています。
安東 私は実務と研究の間を行き来しており、将来的に研究者として進むかはまだ未定です。ただ、両者をハイブリッドに両立させる可能性を模索しています。明確な道筋はまだ見えていませんが、新しい形で挑戦していきたいと思っています。
片岸 私のキャリアの軸は「この国をどう成り立たせていくか」という問いです。これからの10年もその視点を持ち続け、考え、行動していきます。
市原 今後もしばらくは、ものづくりや製造業に関わりたいと考えています。自分の力が最も発揮できるのは、一定規模の企業の中だと思っています。製造業は関わる人が多く、自分の仕事を通じて業績を上げ、その成果が周囲の幸せにつながるようなポジションで頑張っていきたいです。
今の学生へのメッセージ
司会 最後に、今の学生や若い世代に向けて、皆さんからメッセージをいただけますか?
向山 まずは、しっかり勉強をしてほしいなと思います。社会に出てから知識をアップデートするのは、思っている以上に難しいです。学生のうちに、ある程度の「基礎体力」をつけておかないと、後々苦労する場面が出てくると思います。今は変化の激しい時代で、5年前に正しかったことが、5年後には通用しないこともあります。そんな中でも、本質的な知識や思考力は必ず役に立ちます。表面が変わっても応用できるような、土台となる力を、ぜひ学生時代に身につけてください。
安東 教員として学生と接する中で、将来や就職活動に対して不安を抱えている方がとても多いと感じています。でも、実際に社会に出てみると、「意外とみんな優しい」「意外と受け入れてくれる」そんなこともたくさんあります。悩むことは大事ですが、悩みすぎて立ち止まる必要はありません。思っているよりも、社会は心の広い人が多いです。相手に敬意を持ちつつ、自分らしくぶつかっていく姿勢が、きっと道を開いてくれると思います。
片岸 社会に出たばかりの頃や学生時代は、無理をすることや挑戦することに不安を感じるかもしれません。でも、たとえ失敗しても、命を落とすわけではありません。ぜひ思い切ってチャレンジしてみてください。また、「好奇心」を持つことはとても大切です。知らないことが多いと、人生の選択肢はどうしても狭くなってしまいます。でも、好奇心を持ってさまざまなものに触れていくと、思いがけないところにヒントが見つかることもあります。学びに対する姿勢を大切にしてください。
市原 「そのとき一番良いと思ったこと」を信じて、まずはやってみてください。私自身、7年前にコンサル会社に入った時点では、まさか今の会社に転職するとは思っていませんでした。でも、今では「この会社に入って本当に良かった」と心から思えています。将来を深く、長期的に考えることも大事ですが、あまりに慎重になりすぎなくても大丈夫です。目の前のことに全力で取り組んでいれば、少しずつでも道はつながっていくものです。
司会 本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。こうして皆さんと再会し、これまでの経験や思いを聞けたことをとても嬉しく思います。
GNLFとは

Global Next Leaders Forumの略。2010年度設立。11年9月、第1回本会議開催。東京大学の学生が中心となって運営する国際交流・リーダーシップ育成を目的とした学生団体。毎年、世界各国の学生を招待し、グローバルな課題について議論するカンファレンスを開催している。本団体の活動を通じて、異なるバックグラウンドを持つ学生同士が意見を交わし、新たな視点を得る機会を提供している。
理念:将来の世界を担う可能性と意思を持つ大学生が一堂に会する国際会議を「起点」として、数年~数十年の長きにわたりプログラムへ関与することを通じて一人ひとりがグローバル・リーダーへと自律的に成長できるような場を、そして彼らが人間的な絆を深めてゆくことのできるような場を創造する。
