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阿古智子早稲田大学国際教養学部准教授・博士を招き第66回FEC中国問題研究会を開催=FEC日中文化経済委員会

中国 日中文化経済委員会

2010年04月28日更新

貧者を喰らう国、国を喰らう貧者-中国・格差社会からの警告-をテーマに講演

阿古智子早稲田大学国際教養学部准教授

阿古智子早稲田大学国際教養学部准教授

第66回FEC中国問題研究会の開催風景

第66回FEC中国問題研究会の開催風景

とき

平成22年(2010)4月28日(水)12時〜14時

ところ

帝国ホテル東京「北京」

概要

平成22年4月28日(水)に阿古智子早稲田大学国際教養学部准教授を講師に招き第66回FEC中国問題研究会を開催

内容

民間外交推進協会(FEC)・日中文化経済委員会(委員長・生田正治(株)商船三井最高顧問)は4月28日、阿古智子早稲田大学国際教養学部准教授・博士を招き、「貧者を喰らう国、国を喰らう貧者-中国・格差社会からの警告-」をテーマに第66回中国問題研究会を帝国ホテル東京で開催した。中国の抱える所得格差問題は、「三農問題」等構造的問題に起因することから今後も拡大する可能性が高い。研究会には、生田正治(株)商船三井最高顧問、谷野作太郎日中文化経済委員会委員長代行・元駐中国大使、渡邊五郎森ビル(株)特別顧問・元三井化学(株)会長、伊藤直彦日本貨物鉄道(株)代表取締役会長、内田勲横河電機(株)代表取締役会長、西山徹味の素(株)技術特別顧問・前代表取締役副社長、小野寺優(株)ニフコ代表取締役社長ら、多数のFEC役員、会員が出席した。

開会に際してFEC副会長で日中文化経済委員長の生田正治(株)商船三井最高顧問より、「先日NHKの番組で多くの中国人は、100年前は何も無かったが、今はこんなに裕福になったとの感想を持っていると聞いた。他方、私は、中国に行く度にこの中国の繁栄はいつまで続くのか?と聞くと、何かあるとすれば民族問題、貧富の格差の問題と答えが返ってくる。本日は貧者が喰らう国、国を喰らう貧者-中国格差社会からの警告と題してお話しをいただけるのを楽しみにしている」と主催者代表の挨拶があった。阿古講師は最新の著書(『貧者を喰らう国-中国格差社会からの警告』)の要約版資料を出席者に配布し、日本で「反中」「親中」が強く意識される背景、中国と関わるにあたっての立ち位置、「民」と交わる中国研究の可能性などを中心に講演を行った。講演後、中華料理をともにして出席者と一問一答の懇談が活発に行われた。

講演要旨

100年前は社会全体の貧しさが問題だったのに対し、現在は格差が社会問題になっている。不平等な戸籍制度は根本的な地域の格差を解消しなければ解決できないだろう。

中西部の農村の2、30代は出稼ぎ労働者になっている。大学に行く見込みがなければ中学、高校を出て出稼ぎに行ってしまうからだ。両親が都会で働き、農村に残されて教育を受ける留守児童が精神的に不安定になる問題も浮上している。離婚、ギャンブルによる借金も問題視されている。しかし、問題を解決するとしても政府が動かない場合が多い。

大きく都市の市民と違う点は、土地の所有形態である。農民には土地の使用権を与えられているが所有権は省が管理することになっているので、自由に売ることはできない。しかし都市部は国有の土地であるから使用権は期限付きで売買できる。

今問題になっているのは、第一世代の農民工は出稼ぎで得た現金を農村に送金していたのに対し、第二世代は子供の数が少ない家庭で育っているため、自分のために使う人が増えていることだ。また、年金、医療保険は必要ないと言う人が多い。一つの都市で長期的に働けるとは限らない状況にも関わらず、社会保障制度が地域によって異なるため、転居や転職に伴う接続が難しいためだ。

農民工の中では、帰郷願望のない人が多いが、一方、都市で出会った友達を持つ人は少ない。都市では農民工は、生活圏、言葉、文化も違うため、特殊な世界で生きていくしかないようだ。したがって自分は市民だと答える人が2割しかいないのが現状であり、仮住まいしているという認識を持っている人が多いようだ。

そういう問題が顕著に出ているのが、城中村(城=城壁に囲まれている都市、村=農村)と呼ばれる、都市部の中に農村部がまだ残っている地域である。土地の登記は農村となっているが、所有形態が曖昧なため、所有権の移転、国有化が進まないまま実態を先に進めてしまう地域が増えている。勝手に不動産開発をし、正規よりも少し安い価格で貸し出し、そこに農民工が入ってくるのである。そういう地域は行政も整っていない。したがってゴミや汚水処理はできておらず、異臭が漂っている地域が多い。また無認可病院や学校が多い。

戸籍改革の一つとして、河南省の鄭州市では、2001年には、両親のどちらかが都市戸籍を持っている場合はその子供も都市戸籍にする、夫婦の身分が違っている場合は都市戸籍に合わせることが認められ、2003年にはさらに門戸を広げて市内に移住している親戚や友人も転入を認めるようになったが、短期間に都市へ転入者が急増してしまい、無制限に受け入れることは出来ないことがわかった。

中国の格差は全国の上位10%の高所得者層と下位10%低所得者層の収入格差は55倍、農村と都市の格差は5,6倍となっている。市場経済は政治権力で捻じ曲げられてしまった。国民が納得する政治制度を作らなければならない。中国に合った制度は何かを見直す必要が出てきた。法律や制度を作ってもモラルが低い中では成立しない。そういう部分を中国社会はどのように変えていくのか考えなければならない。

このような中国社会に不満を持つ人々の暴動・抗議活動など「群体性事件」が年々増加し、2006年には9万件(1日当たり246件)に上った。チャンスが平等に保障されない点で国が貧しい人達を追い詰める。社会的に不安定になり恩恵を受けていない人達が国を侵食するような事態になりかねない。双方が歩み寄ってより良い形を模索していかなければ国が滅びることになる。日本も同じで、社会政策を考えるときに問題の規模や深さは違うかもしれないが、政府でも一般でもどうやって社会と関わるかという部分でルール作りをしていかなければ同じことが起きてしまうのではないだろうか。

懇談・質疑応答

生田正治(株)商船三井最高顧問:戸籍制度は具体的にどういうものなのか。どういうものが保障されるのか。

阿古講師:日本の場合、生まれると出生届を出して親の戸籍に入る。基本的に中国でも同じである。中国の場合も戸籍証書をもらえ、それに基づいて身分証も作る。住民票も同じようにあるが、中国は暫定的に居住しているところで住民として登録するが、非常に曖昧。

伊藤直彦日本貨物鉄道(株)代表取締役会長:一人っ子政策なのに二人まで許されるところがあるが、それ以上に生まれてしまった場合片方を人身売買するということを聞いたことがある。実際はどうなのか。

阿古講師:農村だと2人まで許される場合がある。少数民族地域のところは2人以上生む人も多い。その場合、男の子でないときは養子に出す。人身売買することもある。

伊藤直彦日本貨物鉄道(株)代表取締役会長:農民工にもなりきれず、流浪の民がいると聞いたことがある。現在の状況は?

阿古講師:中国政府も全て把握し切れている訳ではないと思うが、第二世代の農民工は大きな希望を持って都市に出てくるが、それが叶わないと犯罪集団に属してしまうことが増えている。フリーターもいる。最近「蟻族」として話題になっている。

西山徹味の素(株)技術特別顧問:農民の生活レベルは改善したのか。

阿古講師:金銭的な価値、物質面の豊かさで言えばそうである。

西山徹味の素(株)技術特別顧問:戸籍制度についてだが、身分として農民になっても都市には自由に出入りできるのか。

阿古講師:居住登録していないと、帰りなさいと言われる場合がある。また上海で屋台を引いて食べ物、果物を売る等無許可営業する人がいる。手続きをすれば問題はない。暫定的居住手続きは出来るが社会保障やサービスが受けられなくなるため、どこにいるか登記をする必要がある。

農村にいる人が少ないから、出ている人の土地を借り受けて生産をして儲けを出す。また農村の土地登記もいい加減で、トラブルもその分頻発している。どこにいても取り合いの状況。

水沼正剛電源開発(株)取締役:農民人口はまだ半分くらいいるのか。

阿古講師:6割ほどだと言われている。戸籍上8億人とされているが、人口の統計で見ればもっと少なくなる。はっきりしない。

小野寺優(株)ニフコ代表取締役社長:食糧の自給率のデータはあるのか。

阿古講師:ある。今の段階では自給率高いと思う。

内田勲横河電機(株)代表取締役会長:こういう調査のため現地入りすると妨害されるのか。どういうVISAが必要なのか。

阿古講師:今はジャーナリストではないので、観光VISAで行くため、たびたび妨害を受ける。農村を調査しに行った時に、実際に怖い思いをしたこともある。役人が農民を見る目はとても蔑んだ見方でひどかった。

伊藤直彦日本貨物鉄道(株)代表取締役会長:官の告発とかあるのか。

阿古講師:ネット、写真といった現場を押さえた告発もある。幹部の子供が海外に留学したり移住したりするときも全て報告しなければならないルールを作っている。

伊藤直彦日本貨物鉄道(株)代表取締役会長:賄賂制度はあるのか。

阿古講師:あると思う。

打越俊一(株)大和総研専務取締役:地方の農民工出身者が、大学を出て、大変能力があってベンチャーを興して大成功という話は中国で成り立つのか。また、中国の基本的な問題に中国がどう民主化していくのか、格差に対応していくのかとあるが、ビジネスの社会で中国と良い方向に持っていける対応の仕方はあるのか。

阿古講師:農民工の中で成功している例もある。お金で解決できる程お金を持っている人には戸籍は関係ない。しかし、お金もネットワークも限られている。ビジネスの面で言えばある程度リスクはあるが、戸籍制度はビジネスには便利。安い賃金で雇える農民工を維持できる訳である。国の発展を考えれば安定的に雇用を確保できるという安心感はある。しかし、精神的に不満を持つ人もいる。そのへんのリスクのケアを管理しないといけない。

福島充(株)ADEKA経営企画部室長:近くの排水溝が臭いといって工場の営業妨害をした。政府の計画が実行されず、農民が不満に思っていて、そこのリスクをどう回避していけばよいだろうか。

阿古講師:工場があるところは郊外が多いから、農民戸籍を持って住んでいる地域がほとんどである。そういう中で外国の外資の企業が入っていくと、汚い地域ときれいに整備されたところと隣り合わせになってしまう。本来なら、ある程度距離感を保てるような環境を地元の政府が整備すべきである。今移転に関する交渉が高額で請求が来ていて、自分の交渉力で金額がいかほどにも変わってしまう。だから、とにかく騒いで注目してもらう人が増えた。起こった時にどういう対応をするのかこちらとして考える必要がある。

長瀬寧次日立化成工業(株)取締役会長:農民工はまだまだ沢山いて、労働力はいくらでも補充されるという話が以前あったが、これからもその状況は続くか?

阿古講師:今は労働力不足で足りないと感じる。それ相応の条件がないと難しくなっているし、西部地域では働きたくないという人が多くなっている。

前田貴俊FEC企画事業部次長:不満の捌け口として、ガス抜きをする事例はどのようなものがあるか。

阿古講師:時々目玉になるような事件を破格な値段で解決し、メディアにそれを大きく報道させ、どれだけ注目されているのか見せたり、地震のときも少数民族に対する中央政府の配慮を報道させたりと、メディアを上手に使っている。その中で反日のものもあると思う。愛国心を煽るのに一番団結し易く、問題をそっちに向けることもできる。反英や反仏もある。それが失敗する場合もある。

生田正治(株)商船三井最高顧問:一人っ子政策の見直しはされていないのか。

阿古講師:北京の教授が一人っ子政策の廃止を訴えていて、第二子をもうけたが、二人目が産まれた途端解雇された。所得によって違うが、知り合いは一人につき20万元程払った。

西山徹味の素(株)技術特別顧問:中国は子供が親を養うことは?

阿古講師:老人の自殺が増えている。出稼ぎに行った子供が親の面倒を見ないからだ。道徳意識の差が激しい。都市部も子供が大学を出て初任給でマンションを買えたものでもないので親が扶養する状況もある。

谷野作太郎元駐中国大使:公衆道徳や交通道徳を守ることを小学校でどれくらい教えているのか。

阿古講師:形式的には教えているだろう。公民、政治の中で教える。しかし、受験競争が激しくて、思いやり、社会貢献になかなか向かない。

内田勲横河電機(株)代表取締役会長:こういった実態を政府は把握しているのか。

阿古講師:わかっていて、厳しいことを言う学者を招いてレクチャーをしていることもあり、情報収集という意味ではかなりやっている。

小都清(株)ボルテックスセイグン東京事務所所長:中国の方たちとどういう形でお付き合いしたらいいのか。

阿古講師:企業の中で働いていく上で、中国の方は自分の国に対してのプライドは高い。中国に限らずどこの国に対しても同じだと思うが、常に比較の目で社会問題を見ていかなければならない。不公平なルールだと言いながらも、競争に乗り越えるエネルギーに長けている。政府批判だけでなく、自分の力でどうにかしようとするエネルギーを持っている。そういうところで日本と一緒にやっていければよいと思う。

(前田貴俊FEC企画事業部次長・記)

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